孫子の兵法

孫子
 兵法の中の兵法、『孫子』は、最古にして最強と言われる兵法書である。
 今から2500年ほど前、中国春秋時代の斉の国に生まれ、呉の国王に仕えた兵法家、孫武が著したとされる。孫武が実在したのか、本当に孫武の著作なのか、という議論があるが、ここでは、そんなことは気にしないでおこう。
 孫子の内容に価値があれば、それでいい。誰が書いていたとしても、その活用にはあまり関係がない。
 孫子は、計篇、作戦篇、謀攻篇、形篇、勢篇、虚実篇、軍争篇、九変篇、行軍篇、地形篇、九地篇、用間篇、火攻篇の十三篇から成る、比較的短文の古典である。司馬遷(前145-前86)の史記には、兵法書として広く読まれていたという記述があり、三国志で有名な魏の曹操も孫子の注釈書を残しているくらいだから、2000年以上に渡って高い評価を得てきたものであることは間違いない。
 日本では、戦国時代に甲斐の武田信玄が孫子の一節から引用した「風林火山」の旗印を使っていたことが有名だ。元を辿れば、八世紀には吉備真備が唐から孫子を持ち帰ったとされる。
 さらに孫子は、中国や日本のみならず西洋にも影響を与えていて、ナポレオンが孫子を愛読していたことはよく知られているし、近代では米国のペンタゴンでも孫子の研究が行われるなど、洋の東西、時代を超えて、軍事や組織統率、人間洞察における参考書として重用されてきた。それも、孫子の中身に相応の価値がある証拠であろう。
 この2500年も前の、古臭い古典を現代の企業経営に活かすべきだ。数多の時代の変化を乗り越え、伝えられてきた、その智恵と叡智には学ぶべきヒントがたくさんある。
 今まさに、時代が大きく変わろうとしている中で、時代の変化に左右されない孫子の智恵が求められている。
 私は、孫子兵法家として、企業経営に孫子兵法を応用し、企業を勝利に導く。厳しい時代を勝ち抜く強い企業体質、経営体質を創り上げる。
孫子
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兵学者と兵法家

 孫子の兵法に価値があることは分かった。
 だが、それを現代の企業経営に活かすと言うお前はいったい何者なのか、と疑問を持つ方もいるだろう。
 私は、2500年前の孫子の兵法を現代の企業経営に当てはめ、応用し、成果を出す『兵法家』(経営コンサルタント)である。決して中国古典や兵法を専門に研究する『兵学者』ではない。この点は先に断っておかなければならない。
 兵学者と兵法家の違いについて、海音寺潮五郎氏の小説「孫子」の中に、こんな一節がある。少し引用させていただく。

「兵学者とは古来の兵法をよく誦んじ、古今の戦史をよく知り、兵制の変遷などを研究している者です。しかし、単にそれだけの人々です。兵法家は、機に臨み、変に応じて、最も適当した戦術の案出が出来るなら、古人の兵法など知らんでもよいのです。もちろん、古人の兵法を知っていてもよろしい、古今の戦史に通じていてもかまわない。ただ、それを実際に応用するにあたっては、独自の機略をもって自在の運用をしなければならないのです。それが兵法家です。」

 この一節を読んで、私は孫子の兵法を語らせていただくための自信を持った。漢文など読めないし、古代中国の戦史など興味もない私が、孫子について語ることができるのは、その臨機応変の応用であり、現代企業経営への適用ができるからだ。
 これについてはそれなりに自信がある。
 これまで20年以上に渡り、経営コンサルタントとして、2000社を超える企業とお付き合いをしてきた。そのうちの20年(1991年3月設立)は実践経営者として自ら会社経営も行ってきた。それらの企業現場、経営課題解決に孫子の兵法を応用、適用してきたことについては、誰にも負けない、と思う。
 2004年には、孫子の兵法を営業力強化とIT活用に応用した「必勝の営業術55のポイント」(中央経済社)という本も書き、2010年には、孫子の兵法を企業経営にどう活かすかを69のポイントにまとめた「孫子の兵法経営戦略」(明日香出版社)という本も書いた。
 しかし、そもそもの原典解読についてはあまり自信がないから、孫子の研究をされている諸先生方の書かれた本を参考にさせていただいた。それら兵学者の先生がおられたからこそ、「兵法家なのだ」と偉そうなことが言える。感謝申し上げる。


「孫子」 浅野裕一著 講談社学術文庫
「新訂 孫子」 金谷 治著 岩波文庫
「戦略体系① 孫子」 杉之尾宜生著 芙蓉書房出版
「孫子」 海音寺潮五郎著 毎日新聞社

 最古にして最強の兵法を現代の企業経営に活かすのが本サイトの目的だ。
なにしろ、2500年も前の話だから、そのまま現代語に訳しただけでは意味がない。だから、企業経営に役立ちそうなところだけをピックアップし、さらに軍事の解説ではなく経営の解説に大きく意訳している。
 大切なことは古典を正しく学ぶことではなく、孫子の智恵を正しく実践、応用し、成果を出すことだと考えるからだ。成果の出ない努力など「時間の無駄」「骨折り損」だと孫子自身が言っている。
 孫子の兵法は、企業経営にかなりの部分で参考にできる。それは、人間が極限の状態に置かれる戦争(命の取り合い)という現実をどう生き抜くかという智恵だからだ。商業出版など2500年前には存在しないのだから、金儲けのために書き残すわけではない。大学の研究者が理論や理屈をまとめるわけでもない。命の取り合いで失敗しないために書かれた究極の(命がけの)教えである。
 人間が、勝つか負けるかを争い、負ければ死ぬ(倒産する・クビになる)という状態に置かれた時に、どうなるか、どう動くか、どう動くべきか、という孫子の教え、孫子の兵法は、現代のビジネス戦争においても当然有効であり、応用できるものなのだ。
 そしてこの孫子の兵法、孫子の智恵が、2500年もの時代の変化、環境の変化を超えてずっと評価されてきた教えであるということが重要である。21世紀は西洋文明から東洋文明への転換期であるとも言われるし、先進国は人口減少に転じ、地球環境や資源の限界もあって、先が見えない。こういう時こそ、時代の変化を超えてきた孫子の智恵に立ち帰ってみる価値がある。
 孫子の兵法に原点回帰するのだ。もちろん、2500年前の具体的な教えをそのまま使おうと思っても現実に適用するのは難しいこともある。何しろ本当の戦争をする訳でもない。だから、孫子(孫武のと言ってもいいが)の心になり、頭になり、目となって、21世紀の企業経営を見て、考えて、感じるところを実践することになる。
 孫子をそのまま読み込んで応用、適用できる人はすればよろしい。本サイトをそのヒントにしていただければ幸いである。古典である孫子そのままを読んでも、なかなかそれを企業経営に応用できない人も多いだろう。その場合は、孫子兵法家である私の解釈を信じて目の前の企業経営に活かして欲しい。きっとお役に立つはずだ。

 孫子兵法の奥義、極意を、本サイトでご紹介していこうと思う。一気に書くのは大変だから、順次アップして拡充していく。乞うご期待。

孫子の兵法「計篇」

『孫子曰く、兵は国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざる可からざるなり。故に、之を経るに五事を以てし、之を校ぶるに計を以てして、其の情を索む。』

「戦争は、国家にとって重要な問題であり、避けて通ることはできない。国民にとっては、生きるか死ぬかが決まる所であり、国家にとっては、存続するか、滅亡させられるかの分かれ道である。徹底して研究すべきことであって、決して軽んじてはならない。  したがって、その経営(運営)においては5つのポイントを踏まえ、7つの比較検討項目を研究して、戦況を正しくつかむことが必要となる。」

『一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。道とは、民をして上と意を同じくせしむる者なり。故に之と死すべく、之と生く可くして、民は詭わざるなり。天とは、陰陽、寒暑、時制なり。地とは、遠近、険易、広狭、死生なり。将とは、智、信、仁、勇、厳なり。法とは、曲制、官道、主用なり。
凡そ此の五者は、将は聞かざること莫きも、之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。』

「5つのポイントとは、「道」「天」「地」「将」「法」である。
道とは、民衆の気持ちを国王・将軍の意思に合致させる思想・理念・道理であり、これによって民衆全てが生死を共にする覚悟を持ち、国王・将軍の意向、命令に疑念を抱かなくなる。
天とは、陰陽すなわち天地自然の理、季節の変化、寒暖の差であり、その変化への対応が適切であること。
地とは、地理的遠近、地形が険しいか易しいか、戦場の広狭、生死を分かつ地理的条件のことを指す。
将とは、物事の本質を見抜く智、部下からの信頼、部下を慈しみ育てる仁の心、信念を貫く勇、軍律を徹底させる厳しさなど将軍の備える器量を見ることである。
法とは、組織編制、人事、兵站確保などの管理能力をいう。
この5つのポイントは人の上に立つリーダーであれば、誰でも聞いたことがあり、知っていることだが、本当に理解して実践する者は勝ち、分かったつもりなって本当には理解していない者は負ける。」

『故に、之を校ぶるに計を以てして、其の情を索む。曰く、主は孰れか有道なる、将は孰れか有能なる、天地は孰れか得たる、法令は孰れか行なわる、兵衆は孰れか強き、士卒は孰れか練いたる、賞罰は孰れか明らかなると。吾れ此れを以て勝負を知る。』

「そして、7つの比較検討項目を詳細に吟味することで、敵味方の戦力、戦況をつかむ。7項目とは、まず国王・将軍が民衆と上下一体となって国としての意識統一ができているかどうか、将軍はどちらが有能か、気象気候地理的条件はどちらの軍に有利であるか、軍規や法令はどちらが遵守されているか、兵力はどちらが強いか、兵士はどちらの軍がよく訓練されているか、どちらがより公明正大な人事・評価がなされているか、である。こうした観点による比較検討によって、私はどちらが勝ち、どちらが負けるかを事前に知ることができるのだ。」

 孫子は、冒頭から、戦争の重大さについて触れ、それを徹底して研究するのは当然のことであるという指摘から入る。孫子の言う兵、戦争は、現代の企業では「経営」と置き換えることができるだろう。すなわち、負ければ死ぬ。国が滅ぶのと同様に企業は倒産して消えてなくなる。人の命はとらないが、経営者の中には倒産を苦に自ら命を断つ人もいる。死なないまでも、死んだも同然となる人もいる。社員も、職を失い、再就職にも苦労する。「元倒産会社社員」のレッテルを貼られ、キャリアに深い傷を負う。もちろんその家族にもマイナスの影響を与える。

 企業は、その経営によって価値も生むし、害にもなる。どういう経営をするかは経営者の人生だけでなく、社員の人生、その家族、多くのステークホルダー、地域社会、国家に対しても影響を与える重大なものである。
特に、21世紀の日本は、人口減少の世紀であり、マーケットの縮小が続く。グローバル展開も不可避となるだろうが、世界も無限ではないし、競争も激しく、地球環境や資源問題もある。これからの経営はとても難しくなる。
そして、孫子は、存亡を左右する戦争において、徹底研究すべきテーマを5つ挙げる。現代の企業経営においては、第一に、経営理念や組織としての使命感、第二に、時流、トレンドや環境変化、第三に、事業構造や競合状況、第四に、経営者やリーダーの資質、第五に、組織体制や制度・規則と考えれば良いだろう。

 まず第一に、経営理念や使命感が明確になっていて、社員と共有されていなければならない。自社が何のために存在し、どこへ行こうとしているのか、それによってどのようなプラスが世の中に生じるのかを明らかにしなければならない。人はパンのみに生きるわけではない。真・善・美を感じる仕事をしたいのだ。

 そして第二に、それが時流やトレンドに合っているかどうかを考えてみる。理念や使命感の発露を時流や環境に合わせると言っても良い。真はともかく、善や美は時代によって移り変わる。独り善がりな思い込みでは経営にならない。

 第三に、自社の事業構造、収益構造を見直し、競合とのポジショニングを考える。自社の収益構造がどうなっているのかが分かっていない経営者もいるから要注意だ。利益を生み出す仕組みというものを知ること。その上で競合との差別化を考える。

 第四は、経営者、管理者。ここでのポイントは「智・信・仁・勇・厳」だと孫子が教えてくれている。物事の本質を見抜く智。部下や取引先からの信頼。部下を慈しみ育てる仁の心。困難に立ち向かい信念を貫く勇。組織を動かすルールを徹底し処断する厳しさ。人の上に立つ人間がこれら5つの要素を有しているかどうかを見る。

 第五には、組織体制や制度・規則が有効に機能しているかどうか。人事と言っても良い。何を評価し、それをどう処遇するかが明確になっていて、それが戦略と整合しているかどうかが重要だ。

 これら5つのポイントをきっちり押さえている者が勝つと、孫子は言う。
厳しい時代、厳しい環境、厳しい戦い、だからこそ命がけの兵法、孫子を学ぶのだ。

『将し吾が計を聴かば、之を用いて必ず勝たん。之に留まらん。将し吾が計を聴かずんば、之を用うるも必ず敗れん。之を去らん。』

「(呉王が)もし、私の兵法を聴き入れ採用されるのであれば、私が将軍として軍隊を率いて必ず勝利します。したがってこの地に留まりましょう。もし、私の兵法を理解納得し受け容れなければ、私が将軍となっても必ず敗北してしまいます。そうであれば、この地を去るしかありません。」

『計、利として以て聴かるれば、乃ち之が勢を為して、以て其の外を佐く。勢とは、利に因りて権を制するなり。』

「私の計謀の利点を理解し、受け入れていただけるのであれば、軍に勢を付加して、外征を有利にすることができます。勢とは、その場の状況の有利不利を見極め、勝敗を決する主導権を握ることを言います。」

 孫子は国王に迎合してまで将軍になろうとはしなかった。戦争の素人である国王がプロである孫子の言うことを聞かないようでは戦争で勝てないからだ。あくまでも孫子の考えを理解し、賛同してもらわなければならない。それが先決であって、もしそれができないなら、自ら去ると宣言した。
この節は、孫子自身のことを言っているのか、他の将軍について言っているのかで議論があるところだが、孫子自身が呉王に自分の採否について決断を迫っているとの解釈をとる。その方が面白いし、学びが大きいから。

 企業経営においても、とにかく売れればいい、顧客が買うと言うなら買ってもらえばいい、という姿勢ではまともな商売にならない。顧客が誤解していたり、買いかぶって過剰な期待をしていたりすると、結局あとでトラブルになり、クレームになって、余計な手間が増えるばかりだ。当然のことながら、必要としていない顧客に無理矢理売り込むとか、騙して売るなどは論外である。

 顧客には、とにかく買ってくれと売り込むのではなく、まずは、自社の理念や考え方、製品のコンセプトや品質へのこだわりなどを理解してもらうべきだ。そこがずれていては長い付き合いにならない。その上で商品説明があったり、価格交渉があったりする。これは、請負い、下請け的な仕事や親会社からの仕事でも同様。きちんと儲けるためにはこの努力を怠ってはならない。安易に迎合し、何でもやります、何でも言うことを聞きますと言っていては儲かるものも儲からない。便利に使われて、安く叩かれて、結局最後はポイ捨てだ。
もちろん顧客から、「そんな偉そうな講釈はいいから早く商品を見せろ」とか「とにかく安ければいいんだ」などと言われることもあるだろう。その場合には、「それでは残念ながらお互いの良い関係が築けませんし、お時間も無駄でしょうから失礼いたします」とでも言って、孫子のように覚悟を示そう。
「そんなことを顧客に言えるわけがないじゃないか」と考えてはならない。少なくとも、言えるようになろうと思わなければならないのだ。今すぐは無理でも、せめて1年後には、なんとか3年後にはそうなろうと決心しなければならない。それで必死に努力しても、顧客との関係が改善できないとしたら、そもそも自社の理念や哲学や製品コンセプトや品質やコスト構造に問題があるということである。

 顧客に対して、自信を持って自社の理念やコンセプトを語り、もしそれが気に入らないなら付き合ってくれなくていいと言える経営を目指せば、儲かるようになる。目指さなければいつまで経ってもそうはならない。

 目先の小利を追ってはならない。

経営とは詭道なり

『兵とは詭道なり。故に、能なるも之に不能を示し、用いて之に用いざるを示す。近くとも之に遠きを示し、遠くとも之に近きを示し、利して之を誘い、乱して之を取り、実にして之に備え、強にして之を避け、怒にして之を撓し、卑にして之を驕らせ、佚にしてこれを労し、親にして之を離す。其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。』

「戦争とは、相手を欺く行為である。したがって、戦闘能力があってもないように見せかけ、ある作戦を用いようとしている時には、その作戦を取らないように見せかける。近くにいる時には、遠くにいるように見せかけ、遠く離れている時は、すでに近くに来ているように見せることが必要だ。相手が利を求めている時には、それを見せて罠にかけて誘い出し、混乱に乗じて相手を撃つべきである。敵の兵力が充実している時には、それを防備し、敵が強大であれば、衝突を避ける。敵が怒っている時には、これを挑発してさらにかき乱し、へりくだって低姿勢を示すことで、敵を慢心させる。敵がゆっくりと安楽にしていれば、疲労困憊させるように仕向け、団結していれば、分裂させる。敵が防御していない不備を衝き、予想していない不意を衝く。これが兵法家の勝ち方であって、その時の戦況によって臨機応変に対応するものだから、事前に伝えておくことはできないものである。」

 経営とは、良い意味で相手を欺くことであって、相手の考えていないことを考え、新たな価値を生み出すことで驚きを与えるものでなくてはならない。当り前のことができていないのでは話にならないが、当り前のことを当り前にやっているだけでは、儲けることはできない。欺くと言うと感じが悪いかもしれないが、差別化、差異化、独自性と考えれば、企業経営においても必須であることは分かるだろう。

 孫子の言う詭道とは、相手を欺くこと。ここで言う相手とは、競合先と顧客の二通りで考えるべきである。まず競合先と考えれば、この孫子の教えは理解しやすい。こちらの動き、実力、考えなどを相手に悟られないようにし、相手の裏をかかなければならない。馬鹿正直にこちらの手の内を見せるようなことをしてはならない。上場でもしていれば情報開示が求められ、手の内を公開しなければならないが、未上場、非上場の会社にはそんな制約はない。相手の手の内を読みながらこちらはその裏を行く詭道で攻める。攻めると見せかけて退き、出来ないと思わせて裏で虎視眈々と準備を進める。

 ここで大切なのは相手を顧客とした場合。顧客満足とは顧客の期待を超えることであり、顧客の期待を良い方向に裏切る詭道であると考えよう。期待に応えるとは予想通りということであって、不満足は生まないが満足度を上げることにはならない。顧客の評価は事前の期待値と商品なりサービスなりを購入した後の実績値とのギャップの大きさによって決まる。高いものが上等だったり美味しかったりするのは当然だ。
普通は商売だから、顧客の期待値を高めようとする。まぁ当然のことであって、それが悪いわけではないが、詭道ではない。敢えて期待値を下げてみることもあっていい。
「お客様のご期待は高過ぎて、我々ではお応えできないかもしれません」「この価格帯ですと、どうしても限界がございまして・・・・」とちょっと退いてみる。その後、実際に商品を見せ、使ってみてもらうことで、「思った以上に良いじゃないか」「これはお買い得だ」という満足度アップを実現することもできる。
もっと言えば、顧客が考えていないことを考えてもらう。顧客にニーズを聞いているようでは、ただの御用聞きだ。顧客の期待に応えよう、顧客の声に耳を傾けようというのは当り前のことであって、こちらがプロとして、専門家として、素人である顧客が考えもつかないような理想像やあるべき姿を持ってもらう。「あぁ、そこまでは考えていなかったけど、確かにそうなるといいね」「えぇ!?そんなこともできるの?それは是非やりたいね」と言わしめてこそ、顧客の満足度を上げるし、儲かる商売ができる。素人に商売のやり方、商品のあり方を聞いているようではプロとして甘過ぎる。もちろん、素人だからこそ発想できることもあるから、顧客の声は聞こう。真摯に耳を傾けよう。だが、それで終わってしまっては儲かる商売はできない。そんなことなら競合企業にも簡単にできるからだ。

 顧客を良い意味で裏切り、欺くことができなければならない。そのためには顧客をよく理解し、自社の商品力を高めておくべきなのは言うまでもない。

勝算のない経営をしてはならない

『未だ戦わずして廟算するに、勝つ者は算を得ること多きなり。未だ戦わずして廟算するに、勝たざる者は算を得ること少なきなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。況んや算無きに於いてをや。吾れ、此れを以て之を観るに、勝負見わる。』

 「まだ開戦していないうちに作戦を立て、廟堂で策を練ってみたときに、勝利を確信できるのは、机上の思索や勝算が相手よりも多いからである。まだ戦闘が始まっていないときに、廟堂で作戦を立案して、勝ちを確信できないのは、勝算が少ないからである。
勝算が相手よりも多ければ、実戦でも勝利するし、勝算が相手よりも少なければ、実戦でも敗北する。ましてや勝算が一つもないという状態では、何をかいわんやである。 私はこのような比較検討、戦況判断をするから事前に勝ち負けが見えてくるのだ。」

 戦う前の作戦会議の段階で、勝利する方には勝算があり、負ける方には勝算がない。実際戦ってみても、勝算があった方が勝つ。当り前のことのようだが、負ければ死に、国が滅ぶわけだから、勝算もないのに「当たって砕けろ」と指示するわけにはいかないということ。
企業経営も同様である。経営戦略や経営計画、年度方針、場合によっては将来ビジョンなどがあるだろう。そこに充分な勝算があるだろうか。その通りに事を進めれば「勝てる」という確信が持てているのだろうか。とりあえず成り行きで数字を作り、とにかく頑張ろうという計画では意味がないのだ。
だが、残念なことに実際は、経営者や幹部、管理職であっても、勝つためのストーリーを描いていない、描けていないことが少なくない。何のための肩書きか。何のために高給を食んでいるのか。

 そこで私が、「勝つための道筋を作れ」「ストーリーを描け」「計画を立てよう」「目標を明確にしよう」「勝てるシナリオを作ろう」と働き掛けると、今度は「机上の空論だ」「コンサルタントが言うのは理屈だ」と批判的な態度をとる人がいる。困った人たちだ。
「実際の現場は思うように行かないのだ」「口で言うほど簡単ではない」と訴える。私もそう思う。実際のビジネスはそう簡単に行かない。思うように事が運ばないことの方が多い。計画を立てても計画倒れになることが少なくない。そうだ。その通りだ。
だからこそ、それくらい現実は厳しいからこそ、せめて机上の空論段階、作戦段階では100%、いや120%くらいの成功をイメージできなければならないのではないか。それだけ成功がイメージできたとしても、いざ実際にやってみれば、80%だったり90%だったりするのだろう。だから机上の空論だと批判するのだろう?
そして最後には、「当たって砕けろだ」などと言い出す・・・・・・。ビジネスを舐めているのか?現場の一担当者ならいざ知らず、仮にも人の上に立つ人間の発言とは到底思えないが、これが案外そうした人が多いから困ったものだ。特に幹部、管理職には他人事というか、社長任せというか、現場任せというか、「俺に言われても知らん」みたいな態度や言動の人が少なくない。そういう人間を役職に就けているのは社長だから、そもそもすべては社長の責任ということになるが、中途半端な人間を人の上に置くとロクなことにならない。能力がないなら、せめて事前の準備、段取り、計画作りくらいしっかりやれと言いたいところだ。部下に「当たって砕けろ」と言うくらいなら、自分が率先垂範で砕け散ってこい。

 孫子の兵法のシビアさは、当たって砕けたら死ぬ、負けたら死ぬ、という命がけの判断にある。経営者は社員の命を預かっていると考えてみてはどうか。管理職は部下の命を預かっていると考えてみよう。勝てるかどうかも分からない戦いに社員や部下を追いやるだろうか。戦場に投入する前に、勝てるかどうかを吟味し、慎重に命令を下すのではないか。きちんとストーリーを描き、計画を立てて、シミュレーションしてみるのではないか。
そもそも計画やストーリーは、その通りに行くことだけのために作るものではない。少しでも計画からズレたら、すぐそれに気付き、早めに修正を行えるようにするために計画がある。ズレるから計画するのであって、計画通りに事が進むなら、なんでも思い通りになるということだから、計画など不要である。

 机上の空論段階、すなわち計画策定段階で「勝ち」がイメージできないのに、厳しい実戦で勝つことはないし、勝てる見込みを感じなければ、社員や部下が納得、得心して取り組むことなどあるわけがない。机上の空論だとバカにする前に、机上の空論なのだから、せめて120%くらいは行けそうなプランを立てる。そこで、勝つためのストーリーを描こう。それが戦略だ。「これなら勝てそうだ」と思えないような戦略は、本当の戦略ではない。戦略もどき。戦略とは名ばかりの過去の延長線上の努力目標でしかない。勝つための戦略が描けないなら、それこそ孫子の兵法を勉強しなければならない。
まずは「これなら勝てる」「こうすれば成功する」と確信できる計画を立てよう。勝算もないのに、事業を起こしてはならないし、部下を戦場に送り出してはならない。負ければ会社は潰れる。部下は職を失う。

 そして、計篇の最後は、経営の「見える化」で締め括られている。「可視化経営」だ。未来、すなわち戦略を見える化し、ビジョンを明示することで、勝ち負けが見えてくる。そう孫子が教えている。これが「事前」に見えていなければならない。「事後」の結果報告で勝ったか負けたかと言っていてはダメなのだ。

 明るい未来を「見える化」し、廟算することで、社員に勝てる自信と戦う勇気を持たせなければならない。勝算が見えている(共有されている)必要があるということ。
経営の見える化、可視化経営は2500年前の孫子の教えだったのだ。

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