孫子の兵法

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 用間篇でも注意書きしたが、竹簡本の篇目順に従って、用間篇を十二番目に、火攻篇を最終に置いた。浅野裕一氏の「火攻篇は孫子全体を締めくくるにふさわしい内容を備えているから、それが本来の体裁であったと思われる」(浅野裕一著「孫子」講談社学術文庫)という意見に私も賛同する。孫子十三篇、最後の締めとして火攻篇を読み込んでみたい。

孫子の兵法-火攻篇 火攻めにはインテリジェンスが必要

『孫子曰く、凡そ火攻に五有り。一に曰く火人、二に曰く火積、三に曰く火輜、四に曰く火庫、五に曰く火隧。火を行うには因有り。因は必ず素より具う。火を発するに時有り、火を起こすに日有り。時とは天の燥けるなり。日とは宿の箕・壁・翼・軫に在るなり。凡そ此の四宿は、風の起こるの日なり。』

「孫子は言う。およそ火攻めには五種類ある。第一に、兵営に火を放ち兵士を焼く火人、第二に、貯蔵されている物資・兵糧を焼く火積、第三に、輸送中の輜重部隊を焼く火輜、第四に、軍需品を保管する倉庫を焼く火庫、第五に、道や橋などを焼く火隧である。火攻めを行うには敵に内応者を確保するなどの条件があり、その条件を整える段取りや準備は必ず事前に行って周到な備えをしておかなければならない。火攻めを行うにはそれに適した時節があり、火攻めが有効となる日がある。時節とは、空気が乾燥している時である。日とは、月の位置が二十八宿中の箕・壁・翼・軫に入る日のことである。およそ月がこの四宿にある日は、風が吹く日である。」

『火の内に発すれば、則ち早く之に外より応ず。火、発するも其の兵静かなれば、待ちて攻むること勿く、其の火央を極めて、従う可くんば而ち之に従い、従う可からざれば而ち之を止む。火の外より発す可くんば、内に待つことなく、時を以て之を発す。火、上風に発すれば、下風に攻むることなかれ。昼風の久しければ夜風には止む。凡そ軍に必ず五火の変有るを知り、数を以て之を守る。』

「工作員や内応者によって敵の陣営内で火の手が上がれば、素早くそれに呼応して外部から攻める。出火したのに敵の兵が平静であれば、しばらく待ってすぐに攻めたりせず、火の拡がり具合を見極めて、その火勢に乗じて攻撃できそうなら攻撃し、火勢に乗ずることができなければ攻撃は中止する。外から放火することが可能であれば、内部での放火を待たずに、機を見て火を放て。火が風上から燃え出した場合には、風下から攻撃を仕掛けてはならない。昼間に風が吹き続けた場合には、夜には風が止むことがあるから火攻めは中止する。およそ軍事においてはこれら五つの火攻めの変則パターンがあることをわきまえて、対処法、対処技術を駆使して火攻めをやり遂げるのである。」

『故に、火を以て攻を佐くる者は明なり。水を以て攻を佐くる者は強なり。水は以て絶つ可きも、以て奪う可からず。』

「したがって、火を攻撃の助けとするのは、明晰な頭脳や智恵であり、水を攻撃の助けとするのは、強大な兵力による。水攻めは敵を分断し孤立させることはできるが、敵の戦力を奪い去ることはできない。」

 火攻篇だけに火攻めの解説。火攻めにもいろいろあるぜ、時と場合によってやり方を変え、智恵を使ってうまくやれと、孫子は教えてくれている。
 二十八宿とは二十八の星座の位置で月の運行を示すものだ。気候の変化、天気、月の位置などもチェックし、風向を読んで火を放つ。用間篇の如く、敵の内応者を利用する工作も指南。諜報(インテリジェンス)はここでも必要とされる。  そして、孫子は火攻めと水攻めを比べて、水攻めは敵を分断し孤立させることはできるが、敵の戦力を奪い去ることはできないと指摘して、火攻めの効用を説いた。火攻めを上手に行うためには明晰な頭脳や智恵(インテリジェンス)が必要であり、水攻めには戦力の強大さが求められると言う。
 だが、この21世紀に、紀元前の火攻めと水攻めの違いを知ったり、やり方を研究しても意味がない。孫子の智恵を現代に活かす智恵が必要となる。智恵を活かすには智恵がいる。上智を活かすのにインテリジェンスが求められるのと同じ。ただの古典研究として孫子を読んではいけない。経営兵法解釈はそのためにある。
 などと言うと、「これは孫子じゃない」「孫子はそんなこと言ってない」「勝手な解釈だ」と批判する人がいる。私は「兵学者」でも「古典研究家」でも「中国文学者」でもないので、孫子の言葉をただ現代の日本語にして、その正確さを競うようなことはしていない。私が、私自身の企業経営者としての、また経営コンサルタントとしての、何十年にも渡る、何千社にも及ぶ実践経験から培った知見に基づき、最古にして最高の兵法である孫子の智恵を引き出す応用展開にこそ価値があると考える。私は孫子の兵法をビジネス戦争の実戦に活かす「孫子兵法家」だからだ。私の経営兵法解釈に文句がある人は、読み下しと現代語訳だけ読めばよろしい。私の本やこの解釈を読まないでくれたらよい。
 さて、火攻めと水攻めを現代のビジネスに応用し活用するには、火攻めを新規開拓、水攻めを既存客のダム作りと捉えてみると良い。
 日本の21世紀は、人口減少で客が減る時代だから、既存顧客を大切に守ることがまず大切になる。これが水攻めに相当する。堰を作り、水路を掘り、ダムを作る。しかし守るだけではジリ貧になり、ダムに水を注ぎこまなければ、そのうち水は減り、渇水となる。干上がったダムに意味はない。だから、常に新規開拓を行って、新たな客をダムに注ぎ込まなければならない。これが火攻めに相当する。水攻めは規模がモノを言い、火攻めは智恵がモノを言う。
 放っておけば顧客は減る。人口が減れば、衣食住も娯楽もサービスも減る。グローバル化が進めば、新たなマーケットもあるが、同時にグローバルな戦いもあり、そう簡単に打って出ることもできない。日本国内で伸び悩み、苦しんでいるような企業が、海外に出てうまく行くとは思えない。まずは守りを固めるべきである。
 だから、常に顧客を蓄積し、貯めていく積水の計が必要となる(軍形篇参照)。顧客のダムを作るということだ。そして既存顧客から追加受注、リピートオーダー、サプライ品購入、メンテナンス依頼、紹介客をいただく。この際には規模がモノを言う。ダムの水量が多ければ多いほど、すなわち顧客数が多ければ多いほど、経営は安定するし、まとまった施策が打てる。チラシを作るのにも、ダイレクトメールを送るのにも、メール配信するのにも、顧客数が多ければ多いほど、一顧客(1コンタクト)当たりのコストは下がることになる。顧客数が多ければ、そこに対して、新サービス、新企画などを展開することも容易になる。これは水攻めに相当する。ダムは大きければ大きいほど良い。そのためには兵力がいる。
 だが、既存顧客をダムにして守るだけではジリ貧になる。それが人口減少、マーケット縮小の怖いところだ。じわじわと減っていく。高齢者の比重が増えれば、亡くなる人も増える。今後、人口減少は加速していくだろう。それが当り前の時代なのだ。
 だから、常に新規開拓を忘れてはならない。競合企業から自社へのスイッチを狙わなければならない。新ルート、新チャネルを開拓し、新商品、新サービス、新企画を投入し、新業態、新ビジネスモデルを開発していかなければならない。せっかくダムを作っても、そこに水が流れ込まなければ、無用の長物となる。
 新規へのアプローチ、新規開拓のチャレンジは火攻めに相当するから、智恵の勝負、頭の勝負だ。必ずしも規模や経営資源は必要ない。中小企業でも、零細企業でも、頭の使い方次第で火攻めはできる。規模が小さければ小さいほど、水攻めだけでは大きな敵に勝つことはできない。大きい方が有利だからだ。新規開拓を怠る小さな会社がジリ貧に陥り、大手企業に踏みつぶされ、飲み込まれて行くのは当然の帰結である。それこそ孫子の兵法を用いて、経営を見直し、営業を諜報に変えて行くべきである。
 新規客、新規領域への挑戦はすぐに実を結ばないことも多い。何度行っても断られることもしばしばだ。だから、売れなくても手ぶらで帰ってくることのないように、諜報活動を徹底させる。新規開拓は、苦労が多い割にうまく行っても大した売上にならないことも多い。しかし、そうした活動を決して怠ってはならない。少しずつでも水を注ぎ込むのだ。そしてその苦労を無駄にしないためには、そこで得た情報を顧客のダムに蓄積していくことを忘れないようにして欲しい。水攻めのダムを用意しているから、火攻めの新規開拓がムダにならない。火攻めの失敗を水攻めで補い、水攻めの効果を火攻めで促進するのだ。
 火攻めか水攻めか、ではなく、火攻めも水攻めも、なのだ。

手段と目的を履き違えてはならない

『夫れ、戦えば勝ち攻むれば取るも、其の功を修めざる者は凶なり。命けて費留という。故に曰く、明主は之を慮り、良将は之を修むと。利に非ざれば動かず、得るに非ざれば用いず、危うきに非ざれば戦わず。』

「そもそも、敵を攻め破ったり、狙った地域を占領したとしても、その戦果を戦争目的達成のために活かせないのは、不吉な兆候である。名付ければ、「骨折り損」「時間の無駄」と言えるだろう。だから、聡明な君主は戦争計画を熟慮して開戦を決意し、優秀な将軍は計画に基づき無駄のない作戦実行を行うものだと言うのだ。利益をもたらさない軍事行動は起こしてはならない。勝算がなければ兵を動かしてはならない。危急存亡のやむを得ない状況でなければ戦争を仕掛けてはならない。」

 戦争、軍事行動はあくまでも手段であって、目的ではない。孫子は国益につながらない無駄な戦いを戒めた。将軍であり、軍師であり、戦争の専門家でありながら、自分での出番となる、活躍の場である戦争をなるべくするなと言うわけだ。ヘタな戦争をしたら国が滅びるからだ。そもそも、国益をもたらさない軍事行動は起こすべきではなく、勝算がなければ兵を動かしてはならず、危急存亡のやむを得ない状況でなければ戦争を仕掛けてはならないと、孫子は慎重論を貫く。
 敵に勝ったり、領土を拡張したとしても、そもそもの目的を果たすことが出来ていなければ、それは凶であるとまで言う。目先の勝利に一喜一憂し、目的を見失ってしまう愚を指摘したのだろう。
 現代のビジネスにおいても、元々は手段として取り組んでいるものなのに、いつの間にかそれを行うこと自体が目的化してしまうことがよくある。 たとえば、売上を上げるために受注を増やす。受注を増やすために新規訪問件数を増やす。新規訪問を増やすためにアポイントをとる。「だから、まずはアポイントだ」となったら、アポイントをとることばかりに集中して受注につながらない「無理アポ」を増産してしまう。「新規訪問件数を増やそう」と決めて、それを評価指標にしたりすると、今度は訪問数ばかりを増やそうとする。そもそも受注を増やすためなのだから、そこから次へつないで、提案書や企画書を提出したり、相手のキーマンを攻略したりと深耕していかなければならないのだが、新規訪問を回る時間を優先してしまって、肝心な商談進捗が後回しになる。
 たとえば、パソコンもなかった時代に、経営状況を把握するために作成していた報告書なのに、それがその書式でなければダメだとなり、ITがこれだけ普及した時代になっても、そのままの書式で報告書が作られていたりする。昔は手書き、今は表計算ソフトで表を作る。たしかにITは使っているが、書式は昔のまま。その書式は紙に手書きをしていた時代には最適だったかもしれないが、ITの時代には、その書式よりも、別の見せ方をした方が分かりやすいかもしれないし、データによってはそこからドリルダウンしたり、リンクで元のデータを参照できたりする方が、よほど経営状況を把握するのには有効だったりするはずなのに、無理矢理、手間とコストをかけて昔ながらの書式をITで表現させ、それをまたわざわざ紙に打ち出して見たりする。書式が目的となって、本来の経営状況を把握するという目的を後回しにしてしまっている。それを指摘すると「いや、社長がIT音痴だから」などと社長のせいにする。社長もダメだが、その社員もダメだ。自分の仕事がなくなるのがイヤなのではないのか。そのためにどれだけの時間をかけているのか・・・。「費留」である。
 たとえば、売上アップのストーリーを作り、その仮説に基づいてプロセス目標を置いて先行指標として先取りしていくようなこともある。先知先行管理はいいことだし、マネジメントの質を高め、経営判断を速くしていくために必要なことなのだが、ともするとプロセス目標をクリアすることが目的となり、手段と目的を履き違えることになりかねないから注意が必要だ。せっかくの先知先行管理がアダになってはもったいない。敵に勝ち、領土を広げたのに、「費留」だと言われるのと同じこと。
 現場の担当者はプロセス目標(先行指標・KPI)をこなすことに集中しても良いが、少なくとも経営者(明主)やマネージャー(良将)は、常にその目的を忘れず、結果を出すことを意識し続けなければならない。
 社員に、頑張れ頑張れと檄を飛ばし、それに応えて社員が朝から晩まで一生懸命仕事をしてくれて、社長自身も「うちの社員は真面目で努力家が多くて、よく頑張ってくれている」と言っていたのに、よく話を聞いたら「実は赤字でして・・・」「業績はずっと良くないですね」となる企業がある。中堅・中小に多い。頑張っていること、長時間仕事をしていることで満足してはならない。それでは社員や部下の努力を「骨折り損」にしてしまう。
 さて、あなたの会社ではどうだろうか。勝算もないのに、闇雲に行動量を増やすようなことを繰り返していないか。販売量、生産量ばかりを追いかけて、利益の取れない仕事で疲弊していないか。「やらないよりやった方がいい」「売れないより売れた方がいい」「頑張らないより頑張った方がいい」という妄信が企業を倒産に導くということを知らなければならない。安易な精神論経営は企業を滅ぼす。
 ある会社では、売上高と販売量を落とさないために、販売先である量販店に特売チラシ用の提案ばかりを繰り返していた。経営者もそれで売上も確保できるし、量も増えるから喜んでいた。もちろん仕入の関係もあって、一定の仕入量確保は必要なことであり、バイイングパワーを維持するためにも、数を売り、販売量を増やさなければならないという事情はあったのだが、一度下げた価格はそう簡単には上げられない。何しろ特売チラシの提案は1ヶ月先、2ケ月先の販売価格を決めてしまうから、仕入の相場が上がってもすぐには変更が効かない。
 確かに、特売商品をどんどん売るから販売量は確保できていた。だが、世は物が売れない時代。ちょうどデフレスパイラルで単価もジリジリと下がって行った。去年売れた価格では今年は通用しない。そこを何とか凌いでいる時に、仕入相場が上がった。これで一気に歯車が狂った。仕入原価と販売単価の差は誰が見ても分かりやすいから「利益が取れない」「赤字販売になる」と騒ぎ出した。だが、すぐには販売価格を上げられない。値上げで もしようものなら一気に客離れだ。量販店のバイヤーも前年対比で売上を落とすわけにはいかないから、簡単には納得してくれない。
 慌てて、私のところに相談が来たのだが、時すでに遅し。「だから何度も言ったでしょ」と嫌味の一つも言わないといけないことになる。
 実は、より深刻だったのは原価と売価の差ではなく、特売比率が上がったことによる業務繁閑の大きさだった。定番商品の量が減り、特売商品の比重が上がっているから、特売日に合わせて業務量が一気に増え、特売がない時には業務量が一気に減るわけで、製造部門、物流部門の効率が著しく低下していたのだ。
 製造部では、特売日に合わせて残業が増え、臨時パートを使うようになっていた。工場長は、なんと夜中の2時に出勤してその日の段取りを組んでいた。特売用の製造がある時には、一時的に原料保管スペースが足りなくなるものだから、貸し倉庫を借りて原料を置き、倉庫代とそこから工場に運ぶ運賃が余計にかかっていた。
 物流部では、納品用のトラックが足りなくなり増車していた。しかし特売がない時には積載率は下がってしまう。駐車スペースも必要になり、ドライバーも雇い、納品が少ない時には空気を運んでいる。狭い敷地内で大量の積み下ろし作業をしているから、フォークリフトの事故まで起きていた・・・・。
 こんなことをしていては、赤字転落も当然だ。「売れないより売れた方がいい」「やらないよりやった方がいい」「他社に売り場を取られるよりは自社が特売値引きをした方がいい」ともっともらしいことを言って、朝から晩まで全社員が頑張ってきた結果が、大赤字である。誰も手を抜いたわけではない。全員が朝から晩まで、晩から朝まで一生懸命頑張っていた。だが、大赤字だから、その年の賞与は全員ゼロだった。
 生産性ということを正しく理解しなければならない。生産性とはインプット分のアウトプット。インプットを増やすばかりでアウトプットが増えなければ生産性は低下することになる。インプットを人件費としてアウトプットをその社員の行動量だと考えれば、「同じ給料を払うならより多くの行動をしてもらった方が得」ということになるが、そんな部分最適を是としていては、会社全体の生産性が落ちてしまうことになりかねないのだ。
 孫子は、局地戦で勝利したり、狙った領地を奪ったとしても、結果としてその戦争目的の達成ができなければ、そんな小成功など、ただの「骨折り損」「時間の無駄」に過ぎない、と斬って捨てた。ごもっともである。企業経営においても同じこと。
 経営者、リーダー、マネージャーは、手段と目的を履き違えてはならない。

企業を安んじ経営を全うせよ

『主は怒りを以て師を興す可からず。将は慍りを以て戦いを致す可からず。利に合えば而ち動き、利に合わざれば而ち止む。怒りは復た喜ぶ可く、慍りは復た悦ぶ可きも、亡国は以て復た存す可からず、死者は以て復た生く可からず。故に明主は之を慎み、良将は之を警む。此れ国を安んじ軍を全うするの道なり。』

「君主は、一時の感情的な怒りによって戦争を起こしてはならない。将軍は、憤激に任せて戦闘に突入してはならない。国益に合っていれば、行動を起こし、利が無ければ思い止まるべきだ。個人的な怒りの感情はやがて収まり、喜びの感情が湧くこともあるし、一時の憤激もまた静まって、愉快な気分になることもあるが、亡んだ国は立て直すことができず、死んだ者を生き返らせることもできない。だから聡明な君主は軽々しく戦争を起こさず慎重であり、優れた将軍は軽率な行動を戒めるのだ。これが国家を安泰にし、軍隊を保全する方法である。」

 孫子は、君主が一時の怒りによって戦争を起こしてはいけないし、将軍が憤激に任せて戦闘に突入してはならないと説く。個人的な怒りの感情はやがて収まり、喜びの感情が湧くこともあるし、一時の憤激もまた静まって愉快な気分になることもあるが、滅んだ国は建て直すことができず、死んだ者を生き返らせることもできない、というのだ。
 孫子の冒頭、計篇は「兵は国の大事なり」と国の存亡を左右するのが戦争だという指摘で始まり、火攻篇の最後は、君主は軽々しく戦争を起こさないようにし、将軍は軽率な軍事行動を戒めよと説いて、これこそが国家を安泰にし、兵力を保全することにつながるのだと締めくくった。大事なことだからよく考え、研究せよと前置きしておいて、13篇に渡っていろいろと教え、最後は、戦争の大事さ、大変さがよく分かっただろう、安易に戦争するなよ、と締め括る。
 戦わずして勝つ。勝てる戦しかしない。この冷静な判断が孫子兵法の真骨頂と言えるだろうか。それを感情的になり激昂して、開戦を決めるようでは話にならない。客観的な情報と合理的な判断に基づいて動けという教えは、13篇を通じて一貫している。これを紀元前500年に言い切ったのだから、最古にして最高と言われるだけのことはある。

 紀元前に、これだけ冷静かつ客観的で合理的な兵法書がしたためられたというのに、現代の我々が、感情に任せて、思い付きで動いていたとしたら、どうだろうか。21世紀の企業経営に置き換えて考えてみよう。
 企業は、命まではとられないがビジネス戦争をしている。特にこれからの我が国は人口減少、マーケット縮小のサバイバル戦争となる。勝たなければ負ける。引き分けはジリ貧へとつながる。
 日本国内がダメなら、海外に打って出るという手もあるが、地球規模では人口爆発。食糧難、資源枯渇でどこまで成長できるか分からない。もし仮にこのまま成長できたとしたら、地球環境が限界を迎えるだろう。食糧や資源の争奪はまさに戦争となる。リアルな戦争にも孫子の兵法で物申したいことがあるが、私の本業でもないし、ここは経営兵法解釈なので、政治家や軍人に任せて我慢しておこう。
 地球環境問題も中国から日本に公害物質が飛来するように、国家を超えた問題だが、企業経営が直接及ぼす影響も大きい。経済活動から生み出される二酸化炭素や種々の物質が地球環境にマイナスの影響を与えるとすると、その事業、その業務をどうするべきか、難しい決断を迫られるだろう。  いずれにせよ、21世紀のビジネス環境は、日本国内においても、グローバルに見ても、厳しいものになることは間違いない。

 そうした厳しい環境を踏まえて、改めて企業経営を考えてみると、ヘタな戦い方をしたら企業は潰れ、そこで働く人たちにも大きなマイナスの影響がある。実際、企業は潰れる。上場企業であっても潰れるくらいだから、中小企業などは当然のように潰れる。そして、命までは取られないと言いながらも、自ら命を絶つ経営者もいる。私は経営者が首を吊って亡くなっている現場に立ち合ったこともある。重くて降ろすのが大変だった。まだお子さんも小さかったのに・・・。残された奥様もまた大変そうだった。
 死なないまでも、個人保証などがあって、自己破産に追い込まれる経営者も多い。資産もなくなり、それまでの生活が一変する。それまで経営者だった人が、他社に勤めるのも大変だ。プライドはズタズタになるだろう。
 従業員も、他人事では済まない。最初は「うちの会社、潰れちゃったよ・・・」と笑っているような者もいるが、そのうち現実の厳しさが分かるようになる。仕事もなくなり、再就職出来たとしても、自分の勤めていた会社が潰れたことはずっと消せない。元倒産会社の社員となる。
 そうなったことのない人、身近でそうなった人がいない場合、なかなか実感できないかもしれないが、企業は潰れる。ヘタな経営をしたら経営者もそこで働いている社員も人生を台無しにしてしまう。
 たとえば、大企業なら、一気に潰れずに、業界再編、合従連衡ということもあるだろう。だが、対等合併などはなく、より小さい方、救済された側は肩身の狭い思いをすることになり、キャリアアップの道も閉ざされることが多い、大企業なら、もし倒産しても国が再生支援してくれたり、新たなスポンサー企業が現れて救済されることもあるだろう。それでも元通りに戻るわけではない。
 では、中堅・中小、零細企業、個人事業にそんな支援や救済があるだろうか。
ない。消えてなくなってそれでお終い。そもそも、売上も伸びず利益も出ない企業には存在価値がなく、顧客の役に立っていないわけだから、新陳代謝で入れ替わった方が良いとも言える。使っている経費以上の付加価値を生み出せていない、という厳しい現実。すでに、国の中小企業支援政策も、小さな会社は弱者だからすべて支援しようという発想から、伸びる可能性のあるものを選別して支援するという考えに変わっている。そうせざるを得ないということでもあるだろう。
 そうした厳しい環境、厳しい時代の中で、経営者や幹部、マネージャーはどう考え、どう判断し、どう動くべきか、孫子の兵法にその答え、少なくともそのヒントがあるはずだ。しっかりと読み返して、リーダーがどうあるべきか、企業経営はどう進むべきかを考えてみて欲しい。
 潰れた会社の再建は本当に難しい。名前は残ったとしても、事業も社員も一部しか存続し得ない。人生をかけ、長い時間を投入して頑張ってくれた社員のキャリアにつけた傷も消すことはできない。その覚悟を持って経営に取り組まなければならない。
 亡国は以て復た存す可からず、死者は以て復た生く可からず。

 孫子も最後の篇だから、もう少しオマケで経営兵法解釈を続けてみよう。
 一時の感情で、一生の顧客を失ってしまうということもある。孫子の兵法を営業面に適用してみる。経営で考えれば、「亡国」は企業が潰れることだが、営業で考えれば、「死者」とは失注し、顧客を失うことである。
ついカッとなって客にキレる。そんな営業マン、顧客対応係もいる。これはもう問題外だ。キレないまでも、不機嫌そうにしてしまう、不愉快さを相手に伝えようとしてしまう人がいる。これは案外いる。若い人に多いように思う。親や先生にとっていた態度と同じようなものなのだろう。子供なんだな・・・。
 主は怒りを以て師を興す可からず。将は慍りを以て戦いを致す可からず。その場の感情で戦いを始めてはならない。
 顧客は本来わがままなものである。金を払うのだから、何でも言うことを聞け、といったことを平気で言う人もいるし、それを当然だと思っていたりする。まぁこちら(営業する側)も、その辺りの心をくすぐり、顧客を調子づかせていたりもする。自業自得の面もある。
 もちろん、相手が金を払うからと言って、何でも言うことを聞くべきだとは思わない。利があれば対応し、利がなければ応じる必要はない。ビジネスであり、WIN-WINの対等な関係だ。売り手と買い手の関係であっても、冷静に判断しなければならない。
 それなのに、相手の感情的な態度や言動に激昂し、こちらも感情的になって「二度と来るか」みたいなことを言ってしまっては、挽回不可能。孫子に笑われることになる。
 その顧客のためにあれこれ考え、工夫もし、努力もしたのに、失注してしまったり、業者扱いされてしまったりしたら、腹も立つし、残念な気分になる。文句の一つも言いたくなるが、グッと我慢だ。私なら、頭に来る顧客がいれば、「いつかギャフンと言わせてやる」と心の中で叫んで、外面は笑顔を繕い、「また何かあればお願いします」とでも言って、その場を立ち去る。そしてリベンジだ。臥薪嘗胆。
 ちなみに、臥薪嘗胆とは、まさに呉越の戦いから生まれた故事成語だ。孫武が仕えた呉王の闔廬は、越に侵攻したが敗れ、負傷したことがもとになって死んでしまった。闔廬の子、夫差は、父の仇を取ることを誓い、薪の上で寝ることの痛みでその屈辱を忘れないようにした。臥薪。そして、ついに夫差は越に攻め込み、越王勾践の軍を破った。今度は逆に、敗れた勾践は、苦い胆を嘗めることで屈辱を忘れないようにして、後に呉王夫差を滅ぼした。嘗胆。呉越の戦いは、こんなところでも教えを残してくれた。
 その臥薪嘗胆の精神で、失注し、業者扱いされ、高飛車な物言いをされた悔しさを決して忘れず、リベンジを果たす。リベンジとは、悔しさをバネにして、その他の顧客を増やし、売って売って、売りまくることだ。
 他で売りながら、理不尽な要求をしてくる客を相手にしなければ目標を達成できなかった自分を責める。まるで薪の上で寝るかのように。 そして、自分勝手なわがままを言う相手に、ヘコヘコして作り笑いをしなければならなかった自社と自分の非力を責める。まるで苦い胆を嘗めるかのように。その間に、自力をつけ、商品力を高め、サービス体制を強化して、戦力を整えるのだ。
 相手に、ギャフンと言わせるというのは、「あの時、あの営業マンに頼んでおけば良かったな」と言わせることであり、「あの会社にお願いしておけば良かった」と後悔させることである。そのためには、その断った相手が気付かざるを得ないくらい、自社が成長し、商品が売れ、評判を高めて行かなければならない。目立つほどの成長、発展を実現したい。
 もちろん、このことは、商談の履歴に残しておく。どれだけ悔しかったかを記録しておくのだ。「いつかギャフンと言わせる」と登録しておこう。

 その後、何年後かに、自社が成長し、自分も力をつけ、評判も高まって、新聞の記事に載ったり、テレビに取り上げられたとしよう。その時、「あ、あれは以前、断った会社だな。こんなに成長したんだな・・・。あの時、この会社に頼んでおいた方が良かったのではないかな・・・」と思わせたい。もし、その客が法人客であったなら、その担当窓口に対して「お前が断った、あの会社の方が良かったんじゃないか?お前の判断ミスじゃないのか?」と責任を問う声が上がるくらいにしてやりたい。
 そして、さらに売って売って、売りまくろう。顧客満足度も上げよう。マーケットでの評価を高めるのだ。臥薪嘗胆。あの時の悔しさを思い出そう。
 さらに何年かして、どこかの街角で、どこかの駅で、その客にバッタリ出会ったとしよう。バタバタ、ヘコヘコせず、悠然と、「お久しぶりです」とご挨拶してあげよう。相手から「儲かってるか?」「最近どないや?」「景気はどうですか?」などと聞かれたら、「お陰様で」と言ってニコッと笑おう。間違っても「ぼちぼちですわ」とか「いやぁ、相変わらず貧乏暇なしです」などと卑屈な答えをしてはならない。そんなことを言ってしまうようなら、相手は「やっぱり、この人は大したことなかったな」と思うだろう。「あぁやっぱりこの会社に頼まなくて良かった」と思うだろう。後悔しかかっていたところなのに、水の泡となってしまう。だからこそ、業績を上げ、売上を上げていなければならない。自転車操業などしていられない。「お陰様で」と言えるようにしておこう。
 そこで、その相手に、「いやぁ、以前は、お宅にお願いできなくて悪かったね。また改めて提案してもらえないか」くらいは言わしめたい。ついそう言ってしまいたくなるようなプラスのオーラを出そう。「最近、テレビとか雑誌でよく見るよ。調子いいみたいね」くらい言わせてやろう。そして、「ありがとうございます。でも、今ちょっと忙しくて時間が取れないものですから、なかなかお伺いできそうにないですね」とでも言い放ってあげよう。リベンジだ。どうだ。参ったか。フフフ・・・
心の中で「ざまぁみろ、頼まれても売ってやらないぞ」と叫んでいい。そしてさらに心の中で万歳三唱する。バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ! 恐らく、相手はバツの悪い顔をしているのではないか。立場逆転。リベンジ成功だ。臥薪嘗胆した価値があった。

 と、言いたいが、まだその相手からお金をもらっていない。口先だけだ。これでは「費留」である。万歳三唱して、充分に溜飲が下がったところで、「来月の後半でしたら時間がとれますが、○日の○時あたりはいかがですか」とサラッとアポを取ろう。そしてその顧客にキッチリお買い上げいただくのだ。その相手から充分なお金をいただいて初めてリベンジ成功である。キッチリ落とし前をつけてもらう。ビジネス戦争は、口先だけ、言葉だけではダメだ。お金をもらわなければならない。対価の伴わない調子のいい言葉などいらない。
 このリベンジによって、その相手もギャフンと言い、大いに反省して、営業担当者を上から目線で馬鹿にしたり、業者扱いしたり、理不尽な要求をしたりしてはいけないなと自らの言動を振り返ってくれるだろう。そう導くためのリベンジだ。
 こちらも、それまでの商談履歴、顧客データを振り返り、あの屈辱の日から、幾多の試練を乗り越えてリベンジに成功するまでの道程を噛み締めよう。自分を、そして自社を、褒めてやっていい。こんな日は勝利の美酒に酔いしれてもいい。
 その時は、打ち震えるような怒りがこみ上げて来ていたとしても、やがて収まり、こうして、喜びの感情が湧くこともある。一時は、あまりの悔しさに憤激し身もだえしたかもしれないが、それもまた静まって、愉快な気分にもなる。あれだけ腹の立った相手も、こうしてしっかりとお金を払い、顧客となってくれたら、愛すべき人に思えてくるし、多少のわがままも可愛げに転じる。
 顧客とは、きちんと対価を払ってくれる人や企業である。それまではただの見込客に過ぎない。客になる見込みなのであって、まだ客ではない。そんな相手に偉そうに文句を言われ、理不尽な要求にもヘコヘコと応えているようではいけない。相手は客でこちらは売り込んでいるのだからと卑屈になる必要もない。価値ある商品なりサービスを提供し、お役に立つための活動だ。
 その相手にお役に立つのがイヤなら、お手伝いしたくなければ、売りたくなければ、こちらから立ち去ればいい。それをカッとして感情的に「二度と来るか!」とキレたりしていては、国を安んじ軍を全うすることはできない。営業の大切さを本当に理解しているとは言えない。その相手も、機嫌がたまたま悪かったのかもしれないし、予算がなくて理不尽な要求をせざるを得なかったのかもしれない。人は立場も変わるし、法人なら方針が変わり、窓口も変わる。

 我々は、ビジネス戦争を戦っている。命までは取られないが、命(人生・キャリア)懸けだ。仲良しクラブでも、ママゴトでもない。企業の存亡を左右する経営や営業という仕事を任されているのだ。気分や感情に左右されることなく、冷静かつ客観的に判断し、利(国益・利益・成果)を挙げなければならない。潰れた会社は元には戻らず、一度道を踏み外し人生が転落し始めたら、上昇に転じるのは至難である。
 亡国は以て復た存す可からず、死者は以て復た生く可からず。孫子の兵法を用いて、企業を安んじ、経営を全うせよ。

 孫子十三篇 経営兵法解釈 完

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